延長は無制限


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今年は自宅でおとなしくお正月を迎えたので
おめでたい正月気分は半々でしたが、胃薬や風邪薬を
伴ったお正月ボケが未だ続行中でございます(The 言い訳)

胃薬の要因は主に食べ過ぎ飲み過ぎですが、
もしかしたら、きかん坊な息子とお休み中ずっと
一緒にいたせいもあるやも…?(ありがとう、保育園)

年が明ける前から
私は薄々感づいておりました

私の日常は「平日がお休みで
世間のお休みは仕事」
ということに…!

家事は片手間でちょいちょいと行えますが
育児はすぐに両手がふさがります(度重なる抱っこ)

家事は妄想しながらボンヤリでも可能ですが
育児は「俺をかまえ」の連続です(奪われる心とタブレット)

家事をレベル1として考えたら育児はおよそレベル2、
「1+2=3」で時に闘病も加算され、お休み中の
私の働きはフロモックスならぬフルマックスとなるわけです

あまり大きな声では言えないけれど、
子の冬休みは長かった…!
(また明日から4連休ですが)


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そんなわけで、今年はいっそのこと
時間を気にするのをやめました

よく考えてみたら私が焦っている時は「時間がない」
「時間が間に合わない」「時間を無駄にした」など、
原因がたいてい「時間」がらみなのです(あとはトイレなど)

↓慌てっぷりが伺える過去記事(12/7)
ねじまき鳥ドコニイル


昨年までは私も皆さまと同様に、馬車馬の如く
平等に限られた時間と必死に闘っておりましたが

それは無駄な闘いということが今更ながら
よくわかりました(どうあがいても手は二本)

「忙しい」という言葉をよく見ると
「心を亡くす」という文字が浮かび上がります

心を亡くして自分を見失う前に(取り乱す前に)
一旦いつもの自分に戻ろう…

そこでひらめいたアイデアが
「時間を忘れる」だったのです


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本来、時間は無制限です∞

 間に合わなければ次に間に合わせればよい
 時間がなければ明日にまわせばよい
 実は無駄話に無駄はない(ゆとりが生まれます)

 時間に縛られることなく、
 まずはお茶でも飲もうじゃないか

といった勢いでのらりくらりとろくに時計も見ず、
いまだ正月気分で時間を二の次にしておりましたが

時間の奴隷だった以前の自分と比べると
今の自分には余裕が感じられます(煎餅をむさぼりつつ)

これは私個人の意見ですが、
勝った…! (時の番人に)


乳がんが悪化していた時は(余命宣告時は)
残された時間があとわずか=急げ!と
痛む体で気ばかりが焦っておりましたが

現在はQOLを向上すべく、薬をきちんと服用して
時を忘れる=急がない=焦らない…と
すっかりまったりマイペースでございます

さらに「母ちゃん元気なら俺も元気」と
何も知らない息子も毎日楽しそう

諦めかけていた幼き息子とのおしゃべりも
そう遠くなさそうです(心の底から楽しみ)


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そんなわけで、
時間を忘れると心にゆとりが生まれます

周囲に歩調を合わせることも大切ですが、
自分を見失わないことも大切なことだと思います
そこらへんはバランスよくぼちぼちと…

明日も時間を気にせず、マイペースに盛り上がって
いきたいと思います (時間の許す限り)←おい!

時には皆さまも時計から目をそらしてみませんか?
そらした視線の先に穏やかな現実が見えたら幸いです

今日も元気をありがとう


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